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合同ステージ
Concert
曲について
私達は日本人であるにもかかわらず、
その歴史的経緯から自らのルーツと呼べる音楽の存在を
長い間ないがしろにしてきました。
そのことは国策であり、
ほとんど一度も大局的な価値観の見直しは行なわれたことがなく、
我々本来の「歌」は失われて久しいと思います。
私自身、音楽で生計を立てているプロの端くれではありますが、
音楽学校で教わった(とは余り言えないような経験でしたが)
西洋の音楽史の上に
技術的なことだけ隷属的に接ぎ木をしたような気持ち悪い洗礼体験と、
その後の音楽現場で見聞する
嬉々として西洋崇拝を説き続けることによって、
未開の人たちへの布教活動をしているかのような
専門家的特権意識に対して、
長い間、罪悪感と嫌悪感を持ち続けてきました。
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基本
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演奏会の紹介
定期演奏会
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第51回(2004)
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第50回(2003)
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第49回(2002)
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第48回(2001)
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第47回(2000)
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第46回(1999)
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第45回(1998)
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定演の歴史
「遊声」演奏会
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第8回(2005)
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第7回(2004)
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第6回(2003)
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第5回(2002)
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第4回(2001)
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第3回(2000)
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第2回(1999)
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第1回(1998)
しかしそれらすべてを否定することは自らの現実的な立脚基盤を失うことであり、
これ程の大問題を抜本的に解決するような策は見つかるはずもありません。
様々な要因と時間をかけて私達の国は現在の音楽事情を育ててきたのですから、
革命的な荒業はむしろ危険であるはずです。
私も無国籍的ではあるもののその音楽体験の中からそれなりに「音楽への愛」を持っており、
美しさへの希求を育ててはいるのです。
しかしながらオリジナルとしての日本人作曲家の作品全般の現状というと
(私はたくさんの委嘱活動を含めて、作曲家の方々への応援と友情を
人並以上に持ち続けていると自負している演奏家です)、
どうも「血」を感じないひ弱さ、根無し草的な存在感の薄さを感じることが多いのです。
これは音楽の世界だけの問題ではなく私達日本人がいつも問われている
「日本人とは何か」ということに集約されるテーマなのですが、
結局は過去の歴史にしっかりと光を当てて掘り下げ語り合い、
そしてグローバルな視点から独自の新しい音楽を創造していくことでしか道はありません。
今回、私は「遊声」の第一回演奏会のテーマを決めるに当たって
我々がほとんど神のように信じてきた「キリスト教西洋音楽」の良質な部分に
まず正面から切り込んでいくことによって、「遊声」の音楽遊び・声遊びの旅を始めようと考えました。
当然、西洋音楽史を古い時代から現代に向かって歩み始めることもありなのですが、
私にとっても若い学生たちにとってもまずはセンスの点で違和感の少ない同時代の、
そして合唱というジャンルに於いて、技術の面で作曲・演奏のどちらも世界のトップランクにある
「イギリス」を体験してみようと考えたのです。
本来ならばここではそれぞれの作曲家と作品について詳しく述べるべきなのでしょうが、
教条主義的にデータを並べ、
どれほど立派な成果がそこにあるかをつたない文章でご紹介してみても仕方ありません。
それよりも「我々の音楽探求・創造」の旅のスタートに、
最も高い山・深い海に挑んでみたつもりであることを歌うメンバーに体験してもらい、
今日ご来場下さった合唱ファンの皆様にもご理解いただきたいのです。
どうぞこれからも継続的に「遊声」の歩みをご覧下さい。
そしてご一緒に、ここでさまざまな議論と発見が起こり、
パフォーマンスとしてもお楽しみ頂けられるような場所に育て下さるよう、お願い申し上げます。
(鈴木 成夫)
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